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author : うちゅうじん ×
今回は『償いの椅子』であります。これは確か書店さんの仕掛け販売で日の目を見た作品だったような覚えがあります。帯に推薦文書いているのも書店員さんだし。記憶間違いだったらごめんなさい。

 五年前姿を消した男、能見が再び姿を現したことによって、膠着していた事態が動き出す。五年前果たして何があったのか。能見とともに姿を消した秋葉は生きているのか、それとも死んでいるのか。追う側、追われる側の思惑が錯綜するハードボイルド。

 という感じの話です。
 さて、それでうちゅうじんの感想なのですが、それなりの厚さもあり、設定も良いと思うんですが、旨くそれを物語として消化できていない感じでした。最初、視点というか焦点の人物がくるりくるりとよく変わってしまうために、「こいつ誰。こいつ何」みたいなことをよく思いました。登場人物の名前が記号になってしまっていたというか、その人物の人となりが読者に伝わる前に場面が変わってしまって置いてけぼりみたいな。後半からはだいぶ良くなる……というか、もしかしたらこちらが彼らに慣れただけなのかもしれない……んですが。
 キャラクターが良かっただけに、もったいなかったなー。
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author : うちゅうじん ×
 このブログへの書き込みもお久しぶりです。いろいろあってお休みしてました。
 何が悪いってこの夏の暑さが悪い……というのは冗談ですが、猛暑日が続く関東よりこんにちは。うちゅうじんです。
 ブログは書かなくても本は読んでましたということで、今回は直木賞を受賞された松井今朝子さんの「吉原手引草」でございます。

 タイトルから分かるようにこの物語は吉原を舞台としています。
 名なしの主人公くんが吉原の各所を訪ね歩き、花魁「葛城」失踪の真相を探り当てようとする、という内容。物語は聞き手(主人公)と語り手(葛城にまつわる人)とのインタビュー形式?で展開されます。語りの騙り、を楽しむ作品かな。

 まず、よかったなあ、と思った点は、吉原という特殊な地域をわかりやすく、丁寧な筆致で描いているというところ。さらに松井さん作品初めて読んだんですが、日本語が綺麗で、割と私の懐にするりと入ってくる文体で読みやすかったです。
 また一章一章がそれほど長くないというところもよかったかも。インタビュー形式は冗長だと短気なうちゅうじはどうしても飽きてしまうのです。

 もったいないなあ、と思ったのは、終始聞き手と語り手のサシで対話して話を進めて行く、という手法なので、どうしても物語に奥行きがない印象を受けてしまったところかな。もちろん様々な立場にある語り手各々に人生があるんですけれども、文章の中に書かれている以上のことを深読みしようという気にはなれなかった、のはうちゅじんの心が堅くなってしまったせいかもしれませんが、どうなんだろう。

 カテゴリとしてはミステリなんだろうなあ、とは思うのですが、謎解きミステリを期待すると肩透かしを食らってしまうと思います。葛城の失踪事態は読み進めていくうちに「これしかあるまい」と思うし、実際その通りなのですね。
 ただ読み進めているうちにとても気になってくるのが、名なしの主人公くんの正体。語り手の口から語られるのみの、「彼」は果たして何者なのだろう、というのがジワジワと気になってきます。イイ男のようですし(笑)。ラストで正体が明かされるので、ミステリ好きな方は「彼」の正体を推理しながら読むと楽しめるかもしれませんね。ただ本格じゃないので、条件提示はフェアではないかも。

 私が読んだ直木賞候補作品の中では一番賞にふさわしい作品じゃないかな、と思います。文体は安定しているし、文章も上品だし、読後感もよかったです。冒険のない、無難な選考というか。(笑)。以前候補になったという、『非道、行ずべからず』もちょうど文庫になっていて読んでみたんですが、私は『吉原手引草』の方が好みでした。
author : うちゅうじん ×
 決まりましたね。第137回の芥川賞と直木賞。芥川賞は「アサッテの人」で直木賞は『吉原手引草』でした。おめでとうございます。

 芥川賞作品については横においておいて(どれ一つとして読んでいない。というかA5のあのタイプの総合誌が読めなくなってしまいました……。いやそれをいうなら週刊少年漫画誌も……むにゃむにゃ)直木賞に関しては、なんというか全うな作品が選ばれたという印象を受けます。某局で見た受賞会見もとても手堅い感じで、松井さんも職人気質っぽい雰囲気の方でしたね。

 アマゾンに在庫があれば注文しようかと思ってたんですが、今の時点で在庫なしのようなので、しばらく待ちかな。紀伊國屋のWEBで検索をかけると店頭在庫が昨日の時点ではあったようです。あるところにはあるんだろうな。

 ……幻冬舎のサイトで購入ボタンを押したら、楽天ブックスのページが出た……。自社通販じゃないのね幻冬舎……。そして早めにトップページのフラッシュに『吉原手引草』入れてあげてください。いや、分かってる、きっと外注なんだよね、ここらへん……。

 さて毎回楽しみな(時として作品自体よりも楽しい)選考委員の方々の反応。各新聞には芥川賞には小川洋子さんの、直木賞には浅田次郎さんのお言葉が載ってますね。「「選考委員の浅田次郎さんは「歌舞伎の実作者が自分の舞台を存分に書き、迫力ある小説に仕立て上げた」と絶賛した」」(東京新聞7・18朝刊より引用)

浅田さんは現代小説も時代小説も書ける作家さんだし、なんとなくこういう話は好きそうだなあと拝察。

 大番狂わせないかなーと野次馬なうちゅうじんは期待しておったのですが、よのなかそううちゅうじんの思惑通りになどなりませんよね。はは。

なにはともあれ受賞者なしなんてことにならなくて良かったです。お二人には今後ますますご活躍していただきたい。(偉そうに云ってみる)
author : うちゅうじん ×
 皆さんホラーは好きですか。うちゅうじんはホラー小説は読めても、ホラー映画は無理です。無理無理。最初で最後に見たホラー映画は「リング」です。なんでだろう、なんでみにいっちゃったんだろうな、若き日のうちゅうじん。もちろんあれです、指の隙間から見るという見方をしてましたよ。音が音が駄目なんだろうなあ、と思います。なのでホラーゲームは音を消してやります。それならコワくない!(がコワくないのでつまらないという本末転倒に陥る→ホラーゲームは買わない)

 そんなわたくしではありますが、怪談ものには心惹かれるのですね。特に「新耳袋シリーズ」のような、背後に人にすっと立たれたときの恐怖と同じような怖さを書き綴ったものは好きだったりします。物語として。あくまでも物語として。実体験は御免、です。

 子供の頃、心霊現象百選みたいな、分厚い本が流行りませんでしたか。私の世代はわりといろいろ出回っていて、キャーキャーわめいていたような覚えがあります。こっくりさんとかキューピッドさまとかもやってました。ブームでした。(今は出来ないし絶対やらないー)今思い返すと、あの類の本は恐怖をより強調して、かつ物語的に仕上げていたように思います。怖がらせるために書かれた文章といえばいいのか。

一方、『新耳袋』(リンク先は第9夜文庫版)は、怖がらせるための物語ではないのです。淡々とした筆致でこういう話を聞いた、こういう体験をした、と書き綴っている。不可思議な話の集合体。なので不可思議な話ではあっても、「怖く」はない話もあったりします。 ただ、私が怖くないと思っても、ほかの人にとっては怖い話だったりする場合ももちろんありますよね。何を「怖い」と感じるかもまた千差万別なはずだから。(ああ、そっか、読む人の体験だったり、日常とかにもリンクして、そこに書かれているものを「怖い」と感じるんだなー、と思いました)

ずーっと始終怖いのではなくて、ふっと一瞬背筋に走る「怖さ」がわりと癖になってしまって、このシリーズちょろちょろと読んでます。あとなんでか、読み終わった後に意識がクリアになる感覚を味わうんですよね。本当に何でだろう。

他に最近読んで面白かったなーという怪談ものをご紹介。耳袋が好きな方は好きなんじゃないかな。
怪談徒然草
文藝百物語
author : うちゅうじん ×
 気になる気になると呟いていた桜庭さんの『赤朽葉家の伝説』をようやく読みました。初桜庭。


 日本推理作家協会賞受賞作、吉川英治文学新人賞候補作、そして今回の直木賞候補、「鳥取の旧家に生きる3代の女たち、そして彼女たちを取り巻く不思議な一族の血脈を比類ない筆致で鮮やかに描き上げた渾身の雄編」(アマゾン・出版社 / 著者からの内容紹介より引用)とのことでとても期待していたのです、赤朽葉。

 しかしこれはどうなの、赤朽葉。……合いませんでした、うちゅうじんとはあいませんでした。ああ、かなしいな。ということでここからは赤朽葉と相性が悪かった人の感想ということで、よろしくおねがいします。

 まず引っかかってしまったのが、視点の問題なのですね。この作品には祖母、母、孫と三人の女性が出てくるのですが、孫の女の子が語り手なのです。孫が祖母や母から伝聞してという体裁をとっているんですが、時々語りが上目線だなあ、と感じる箇所がちらほらあります。いっそ伝聞ではない形にしてしまった方が収まりが良かったんじゃないかな、と思うくらいです。ああ、私にとっては、孫や母の話の部分で出てくる「瞳子」(孫)が目障りだったんだな(ということに書いていて気づきました)

 そして、伝聞という体裁のためか、非常に奥行きがない物語に感じられてしまったんですね。「万葉」(祖母)がどうした、「毛毬」(母)がああした、こうした、これをみた、なにがあった、という文章と当時の時代背景をあらわした文章の連続で、ずっとあらすじを読んでいる感覚でした。いつ本題に入るんだろうなあと思いながら読んでいたら、ラストまでいってしまいましたという。

 著者は意図してこういう浅薄な体裁をとったのだと思うのですが、私が期待していたのとはちょっと違うのですね。どうせだったらああいうぺらい社会的背景を挿入するのではなくて、赤朽葉の内部のこと、人物の内面についてもっと濃く書いてほしかったなあ。さらっと流れた時間をかいつまんで話されても、話している内容は分かっても、それを語ることによって何を伝えたいのかうまく私には分からなかった。

 これだけの長さの話を読んで、結局何がしたかったのかよく分からないなーという感想になったのは残念でした、赤朽葉家。

これで直木賞受賞なら私は直木賞と本当にさようならしなくてはならないなあ。(三浦しをんさんが受賞したときに、あ、お別れの時期かもと思ったうちゅうじんでした)
author : うちゅうじん ×
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